なぜ紅葉「狩り」?

紅葉の季節もほぼ終わってしまいました。
まえの「紅葉のメカニズム」のところで書きたかったことを追記しておきます。

それは、なぜ紅葉見物のことを「もみじ狩り」というのか!?

以下、ネットなどでいろんな意見があるのを総合して書きます。

まず、wikiより
「狩り」というのは「草花を眺める事」の意味をさし、平安時代には実際に紅葉した木の枝を手折り(狩り)、手のひらにのせて鑑賞する、という鑑賞方法があった。

また、ヤホーw知恵袋のベストアンサーは
「もみじ狩り」とは、秋の深まりとともに始まった紅葉を野山へ観に行くこと。日本では万葉集の時代から美しい紅葉を愛でて野遊びをする習慣がありました。
もともと、もみじ狩りの“狩り”は、獣を捕まえる意味で使われていましたが、野鳥や小動物を捕まえたり、果物などを採る場合にも使われるように。そしてのちに、草花を眺めるのにも“狩り”が使われるようになり、「もみじ狩り」となったとか。


みかん狩り、いちご狩り、梨狩り、林檎狩り、、
これらも普通に使いますが、考えてみればちょっと変な感じですよね。。
いちごは「いちご摘み」でいいんじゃないかとだれか書いてましたけど、なるほど。
でも、梨穫り、、みかん切りとかじゃなんか違いますよね。。

要するに、上ふたつの回答は、
紅葉狩りは、果物などの採集と同じように、ただ観るだけでなく、手にとったり、持ってかえったりするような行動だったような気がします。

この点、花見の対象である桜や梅は、昔は貴重だったし、公のものや、高貴なものであったから、折り取ったり持ち帰ったりすることは習慣的にも精神的にもなかったようなのです。(今でも、花見の時に枝を折ろうものなら白い目で見られますよね、、)

この辺りに「もみじ狩り」と「花見」の根本的な違いがありそうです。。
面白いですよね!!?

この「狩り」という言葉について、
もっと積極的な説明がありました。
どこかの新聞にでていたらしいのですが、、、

昔の日本人にとって「狩り」とは「自然の恵みを自分の体内に取り込むこと」である。
動物の肉や果実をとって食べることはもちろんであるが、実際に形のある物として体内に入るものばかりでなく、自分のパワーになるものすべてが「狩り」の対象となる。
野山に行って美しい木々を眺め,大きく息を吸い,生きていくパワーを植物から取り入れるのも「狩り」である。
色づいた木々を眺め,そこからパワーをもらうことが「紅葉狩り」なのである。

なんか、すごくポジティブですけど、、笑
昔の人が「パワー」もらったから「狩り」だね!とは言わないよぉ。。?
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by juka_kawashima | 2008-12-15 22:40 | 植物について